著者インタビュー
「都道府県魅力度ランキング」最下位。マーケターのはしくれとして故郷・群馬を盛り上げたい!
渡邉俊(わたなべしゅん)
本業はマーケティングなのに「上毛かるた」に特化した本を出版
「上毛かるた」をご存じですか? 「上毛」とは古くからある群馬県の呼び名の1つで、群馬県の自然や歴史、文化、人物、産業などが詠まれた札で構成された郷土かるたです。たとえば、「く:草津よいとこ薬の温泉」「に:日本で最初の富岡製糸」「れ:歴史に名高い新田義貞」といった札があり、全44枚。
県内では70年以上に渡って競技大会が開催されたり、小・中学校の教育の一環として活用されたりしているので、「群馬県民であれば誰もが知っている」とまで言われるくらいの浸透ぶりです。
そんな上毛かるたの1枚1枚の札に込められた深い事実まで理解してほしいと出版されたのが、『上毛かるたはカタル 群馬県民の誇り―44枚の札に秘められた真実』。群馬県民を主な対象とした、こんなにもピンポイントな著書を出版したのは、上毛かるたの研究家ではありません。中小企業や個人起業家を対象として、マーケティングリサーチコンサルティング事業を行う、起業家の渡邉俊さんです。
渡邉さんは、日産自動車株式会社でマーケティングリサーチ業務に15年ほど従事した後、週末起業で立ち上げていたマーケティングリサーチコンサルティング会社「Lactivator」で独立した経歴をもっています。そんな渡邉さんが、どうして上毛かるたを題材に本を出版されたのでしょうか。
群馬県民の誇り「上毛かるた」でリベンジ
実は渡邉さんの故郷は群馬県。マーケティングリサーチコンサルタントとして活躍する傍ら、群馬県の魅力発信をライフワークとして取り組んでいるのです。
きっかけは、毎年発表される「都道府県魅力度ランキング」(ブランド総合研究所)。群馬県は毎年、順位が下のほうで、2012年度には47都道府県中47位と最下位を記録してしまったのです。その出来事に衝撃を受け、「マーケターのはしくれとして、故郷を盛り上げたい」と本業のマーケティングの知識やノウハウを生かして群馬県の魅力度ランキング上げるために、2013年からアクションを起こします。
そこで注目したのが、群馬県ではメジャーであり、県の魅力が詰まっている上毛かるたでした。小・中学校時代に上毛かるたに励み、競技大会でも実績を残した大人たちを集めて、東京・銀座で「KING OF JMK~おとな達の上毛かるた日本一決定戦~」というイベントを開催。以降も同イベントを引き続き行うとともに、イベント「Master of JMK~群馬県民も知らない超マニアックな上毛かるたの世界~」の開催、スマホアプリ「札ッシュ!!上毛かるたGO!」の企画のほか、群馬県の地元ラジオ番組で上毛かるたの札を紹介するコーナーを担当するなどを展開。2017年には一般社団法人KING OF JMKという団体まで設立しました。
そして、2023年に上毛かるたを題材とした本を出版したのです。
本を出したら80代の親戚のおじさんに褒められた!
渡邉さんは文章を書くことが好きでも得意だったわけでも、これまでに本を出版した経験があったわけでもありません。しかし、10年以上に渡って取り組んできた上毛かるたについて、「群馬県民にもっと深い事実まで知ってほしい」という思いから、“1冊出版してみる”というアクションを起こしたのです。
すると、出版からたった3カ月で「80代の親戚のおじさんに褒められる」「群馬県の小学校校長会に講演に呼ばれる」「日本経済新聞に取材される」など、想定外の嬉しい展開が起きていると言います。
本を通して伝えたいことを明確に打ち出し、その伝えたい人たちに届くように内容を練り、本をつくると、それをキャッチしてくれる人たちはいます。渡邉さんが本を出版するきっかけ、過程での苦労、出版後の変化について、お話をうかがいました。
3年間書き溜めた原稿をまとめたい
Q1 なぜ、この本を出版したいと考えたのですか?
2つ、理由があります。1つは、本を書くためのベースとなる原稿があったので、それをまとめて本にしたらおもしろいんじゃないかと思ったからです。群馬県のまえばしCITYエフエムの情報番組「M-Wave Evening Express」で、この本のタイトルにもなっている「上毛かるたはカタル」というコーナーを担当しています。札の説明やうんちくなどを週1回1つずつ紹介していて、そこで話した原稿が3年分も溜まっていました。
もう1つは、上毛かるたを通して、戦争について今一度、考える機会をつくることができればとの思いがあったからです。本の紹介文として「群馬県民はまだ、『上毛かるた』を知らない。」と挑発的なコピーを書きました。群馬県民は子どもの頃から上毛かるたに取り組んでいるので、全44札を暗唱できます。しかし、1枚1枚の札に書かれている内容・・・たとえば人物名は知っていても具体的な功績や、名所名は知っていても実際にはどんな場所かを見たことのない人も数多くいるのです。
さらに、上毛かるたが誕生したのは1947(昭和22)年。戦争から2年後という、そんな時代にどうして制作されたのか、その理由や背景を知ってもらいたいという思いがありました。
今まさに、世界ではウクライナやガザをはじめ、戦争が起きています。日本でもいつ何が起きても不思議ではない状況です。こんな今だからこそ、戦争とは何かについて考え、これからの未来を見据える必要があるのではないか・・・上毛かるたを通して、そんなメッセージも届けられたらと心が動いたんです。
少し話がそれましたが、「上毛かるた」には日本復興への願いが込められていること、GHQ(連合国軍総司令部)の支配下で検閲が厳しかった時代に命がけで交渉し、各札の制作を行ったことなど、深い事実があるんです。そのことをもっと知ってほしいと思いました。
文章を書くことが苦手でも
とりあえず、書くことで始まる
Q2 初めての本で300ページ超え
全44札あります。1札につき6ページと考えると、「44×6」で267ページ。札紹介だけではなく、その前後に「はじめに」と「おわりに」などのページを入れたら、自然と300ページを超えていました。
最初はラジオで話した原稿をまとめるだけなので、「すぐに書き終わるんじゃないか」と軽く考えていたんです。しかし、実際には書き上げるのに10カ月ほどかかりました。原稿をレイアウトしてみると、文字数を足したほうがよさそうな部分が出てきて、「5行ほど足したいな」と思っても、その内容で完結できていたものなので、何を付け足せばいいのかが思い浮かばなくて。
あと、3年前の原稿を今の自分が読むと、どうしても稚拙に感じられるんです。このままではどうしても掲載できないとなり、1から書き直した原稿も数十本ありました。そういったすごく地味な作業があって、時間もかかりましたし、苦労もしましたね。
完璧を目指すより、とりあえず作る!
Q4 どんな工夫をされましたか?
私は理系で数学や物理は好きなんですけど、国語が大嫌いでした。それは今も変わらず。今回も書きながら「なんか、ちょっと違うな」「こうしたほうがいいかな」と常に悩みっぱなし。本を出版した後も、読み返しながら「ここはもっとこう書けばよかったな」と気づくことばかりで、読むのが嫌になるほどです。
Q5 歴史を含むテーマですが、監修者は?
群馬県庁に監修してもらうことも考えましたが、時間がかかって出版が随分先になる可能性があったので、誰にも監修してもらっていません。ただ、札は群馬県が著作権と商標権をもっているので、掲載にあたっての利用申請は行い、許可も得ています。あと、上毛かるた研究家の田村聖志さんが古い札を所有されていたので、ご協力いただきました。
文章が苦手でも、「次は小説」の目標!
Q6 また本を作りたいと思いますか?
この本の続編はもちろん、上毛かるたがつくられた当時の出来事を題材とした小説を書いてみたいんです。小説を書くとなると、文章力のハードルがかなり高くなると思うんですけど。上毛かるたを命がけで制作したという背景があって、その過程は本当にすごいですから! 小説で描くことで多くの人に知ってもらうことができるんじゃないかなと考えています。
【Bookoから】
10年以上にも渡って取り組んできたライフワークで、本を出版。上毛かるたを通して、「群馬県の魅力を知ってほしい」「戦争について今一度、考える機会にもなれば」といった並々ならぬ思いがあって、その熱量がこもった1冊だったから、想定外の展開が引き起こせたのでしょう。そんなふうに本業にこだわらず、思いや熱量をもてるもので出版してみるのもいいですね。そのアクションが、自分の人生にとって想定外の嬉しい展開を生むかもしれません。